行基図をつくったのは行基ではないという謎

日本で初めて正確な日本地図をつくった人物と言えば伊能忠敬を思い浮かべる人が多いでしょう。

伊能忠敬は江戸時代に大日本沿海輿地全図を完成させました。

しかし、じつは奈良時代の大僧正行基がつくった行基図と呼ばれる地図が日本地図の元祖と考えられているのです。

行基図は、五畿七道の諸国を楕円や円で記して、平安京から諸国への経路を記しています。

江戸時代までにつくられた日本地図は基本的にこの行基図が手本とされ、多くの書写も存在したといわれています。

ただし、当時に作成された行基図の原図は現存していません。

日本地図の始祖ともいわれる行基図ですが、実際に行基がつくったのかどうか定かではないとされています。

12世紀に書かれた行基の伝記にも地図作成のことが記されていませんし、ほかの資料からも不明なのです。

なによりも、地図に描かれた内容が行基の生きた奈良時代と一致しません。

奈良時代の都は平城京なので行基図も平城京を起点にされるはずですが、行基図の写しの多くが平安時代の都である平城京を起点としています。

この点から行基図は平安時代の作成ではないかと考える説が有力であり、よって行基のつくったものではないということになるのです。